東京藝術大学 その1

ここのところ 最後の秘境 東京藝大―天才たちのカオスな日常という本のおかげで一躍脚光を浴びている東京藝術大学

私自身も音楽学部でお世話になった身だし、色々と思うところはあるけれど、その実際は一言で言うと「職業訓練校」なのではないかと思う。

 

他の音楽大学の事はよく分からないが、まず入学直後のソルフェージュのクラス分けからして壮絶だ。ほぼ全学科(邦楽科はいなかったと思う)が一番大きな教室(確か5−109とかいう部屋)に集められ、楽譜も間違い探しやら聴音を一斉に行い、暫くすると学科に関係なくクラス分けがされる。

私が通っていた頃は、AからEまで5段階のクラスに分けられ仲の良い友達がいたとしても、無残にも違うクラスに振り分けられる。

そのソルフェージュの授業も半年ごとにクラスが上がることがある。

実力もないのにクラスが上がると悲惨だ。私は当初Dに配属されたが半年後にはCにランクアップ。そのCクラスでの最初の授業は、入試程度にしか弾けないピアノなのに、いきなり訳のわからない楽譜を出されて「はい初見で弾いて!」なのだ。最初の2回ぐらいは先生もじっくり待ってくれたが、ついに痺れを切らして、「あなたピアノが弾けないのはよくわかったから、次回から自分の専攻楽器を持っていらっしゃい」と言われ次回の授業に臨む。

今度は小節線もなく拍子記号も調合もない楽譜を渡され、「はい、この楽譜を8分の6拍子、Es-DUR(変ホ長調)で吹いて!」。

ところが実際にプロとして仕事をするようになると、これが大いに役に立つのだ。初見能力は一気にアップするし、何よりも楽譜に書いてある間違いを見つける能力が高くなる。スタジオ仕事だとこの能力は大いに役に立つし、万が一アレンジャーへの発注ミスで半音低い楽譜が来たとしても瞬時に移して演奏することができるのだ。

 

私は近隣地域では音楽に関してそこそこ優秀と言われて育ったけど、藝大に入ってみると、私のように言われた人がゴロゴロいるのだ。その中に1学年に数人程度本当の天才がいる。ただ、その天才たちは全てに長けているわけではなく、時間通りに仕事場に行かなかったり、本番だけ極度に緊張してしまってダメになってしまうものがいたりする。感覚的には5年に1人活躍できる人がいる、という感じだろうか。

 

 

 

 

 

録音技術論その2

第1章 マイクのセッティング

私が考えるステレオ録音時の基本マイクセッティングは「ワンポイント」である。指向性をうまく駆使して収録すれば、実際には2本の特性のあったマイクがあれば驚くほどすばらしい録音が出来る。小編成なもの、大編成なものを通じて「2本のマイクでなんとかする」と考えた方が良い。

もちろんこれは極論で、演者の力量によっては観客席で良いバランスになるとは限らないので、補助マイクを立てたりすることがあるが、演者が素晴らしければ素晴らしいほど、補助マイクは必要なくなるが、録音エンジニアの力量が試される。

ワンポイントステレオ録音にはそれほど多くの種類のマイクセッティングはない。

  • A-B方式
これは2本の完全無指向性マイクをマイクカプセル間60cm前後で平行に設置し、音源に対して比較的近距離で収録することが多い。
  • XY方式.
これは単一指向性のマイクロフォンをカプセル間の距離をほぼゼロにして、マイクロフォンの持つ指向性のみで左右の音源を収録する。ただし安いマイクロフォンではそのメリットは少なく、モノラルに近い音源にしかならないことが多々ある。
  • NOS方式.
これはオランダの収録方式で、マイクカプセル間30cm、マイクロフォン角度90度と非常に単純である。
  • ORTF方式.
これはフランス国立放送式の収録方法で、マイクカプセル間17cm、マイクロフォン角度110度とかなり変則的な方式である。 以上ほぼ4つの方式に分かれるが、どの方式も一長一短で、その状況に応じて使い分けるのがベストだろう。メリットとデメリットを軽く記しておくと A-B式は音場再現性には抜群に素晴らしいものがあるが、反面会場の嫌な部分も同時に収録されてしまうので、残響豊かな会場に適している。ただ状況によっては逆相になりやすいので、マイクカプセル間の調整には神経質になることが必要である。 XY式は基本的にカプセル間の距離がゼロなので逆相になる事はほぼないが、音場再現性に乏しい。会場の残響に「嫌な」成分が入っている場合など、演者をクリアに録りたい時に向いている。 NOS式は録音角も正確にとれるし、逆相になることもほぼない。極めて安心な方式である。 ORTF方式は、演者の音もクリアに、そしてアンビエントもクリアに録れる万能なセッティングであるが、やはり残響の少ないところでは少し嫌な音に録れる傾向にある。 どの方式がベストということはなく、TPOに合わせて選択するのが重要だと思う。上記方式の中でA—B方式は有効に使用できる会場は限られて来るので、一番出番が少ないかもしれない。
 
#録音技術論

録音技術論 序章

録音技術論

序章

録音エンジニアとは何か?

エジソンの蠟管型録音機から始まり、SPレコード、LPレコード、そうしてデジタル時代になってCD音楽配信と聴く形態は時代とともに変わりつつある。

記録するメディアも、ディスクからテープへ、そして現在ではほぼハードディスク(もしくはSSDなどに代表されるメモリー類)へと変わりつつある。 

録音の方式もモノラルからステレオへ、そして現在ではそれほど一般的ではないがサラウンドと多様化しつつある。 

そんな時代において録音エンジニアは何をすべきなのか?或いはいつの時代にも(たとえこの世がコンピュータに支配される時代になっても)要求されるスキルとは何なのか?. 

だいぶ高音域が聞こえなくなってきた現在、ここに記して次世代に繋がればと思う。 

 

まず最低限必要とされる能力は「いま演者はどこの部分を演奏しているのか?」ということを理解する能力。別に優れた音楽家の様に細かな解釈まで理解する必要はないが、楽譜を見たときに「いまどこの部分をやっている」と言う能力は最低限必要だ。後述するが楽譜への書き込み量は半端ない。今自分のいる場所が分からなければ、何もできないのと同様に、いまどこをやっているのかということが理解できなければ、エンジニアとして仕事するのは諦めた方が良い。 

次に必要な能力は「その楽譜に書かれている音楽と、いま演者がやっている音楽と同じものかどうかを聴き分ける能力」である。新たに書き下ろされた楽曲であれば、楽譜から頭の中で音にする必要もある。もちろん最近では作曲家がサンプル音源を渡してくれることもあるが、楽譜(サンプル音源)を貰ってから「(楽譜上)正しい音楽」を理解しなければならない。サンプル音源を吐き気がする前繰り返し聴いて覚えるもよし、楽譜を見て頭の中で鳴らしてもよし。いずれにしても収録時には「正しい音楽」が頭で鳴っている状態でないと仕事にならない。 

そして最後には「楽器配置の空間認知能力」だろう。ボーカルやソロ楽器が前にいるという状況は誰しもが分かりやすい形だと思うが、それでは後ろのオーケストラの楽器配置はどうなっているのか?その配置通りの音場になっているかということを聴き分けられる能力は重要だ。その際に「どの楽器が音が大きく、どの楽器の音が小さいのか?」ということも知識として知っておくとマイクの配置やミキシングにおいて役立ってくる。 

 

最近ではエンジニアが「ディレクション」を兼ねることも多い。私はこのテイクとあのテイクが繋がるのか?と疑問に思うことが多々あるので、実際の現場で仮編集作業まで終わらせてしまう。こうして仮編集で良いので演者にプレイバックすることで安心につながるし、何よりもスタジオ代やホール代の経費節減になる。ここら辺の経済概念まで含めて収録に臨まないと、経費捻出厳しき現代良い録音は行えないだろう。 

 

#録音技術論